第一章

イケノコチラに住んでいるトォーモは似顔絵描き、池に遊びにくるカエルの大人達やカエルの子供達を描いて暮らしています。
でも自分の顔を描いたことはありません。水が嫌いで水面に顔を映してみることができなかったのです。
オタマジャクシだった子供の頃、他の兄弟達には手が出て足が出て、ウエノセカイに飛び出して行ったのに、ひと夏たってもオタマジャクシのままのトォーモ。次の年の春にやっと手が出て足が出てウエノセカイに飛び出だすことが出来ましたが、一人ぼっちで取り残された一年の間にすっかり冷たく暗いブルーの水が嫌いになってしまったのでした。

ある日、隣に住んでいるギターガエル、ザックの家の息子ゼンくんが、似顔絵を描いてもらったお礼にと、トォーモの似顔絵を描いてプレゼントしてくれました。そこには暖炉の上に飾ってあるお母さんガエルにそっくりのカエルの顔が描いてありました。トォーモはまだお母さんガエルに会ったことがありません。水面に映したらお母さんに似たカエルの顔を見ることができるのかもしれません。
そうなると今まで見ようとも思わなかった自分の顔を、どうしてもみてみたくなってきました。おそるおそる岸辺に降りていき、池の面に顔を映してみると、池に映った顔の飛び出た目の辺りがくるくるっと動いたその瞬間、バッシャーンと水しぶきが跳ね返って、自分のような自分でないような生き物が飛び出してきました。

その自分のような自分でないのような生き物 が
『私の手袋、ここにないかしら?』
としゃべったので、はじめてあぁこれは自分ではないと気づいたトォーモは、おずおずと聞いてみました。
『それはどんな手袋なの?』
『それはとっても大切な手袋よ。私はピエロがえるのデビー。今まで私は”イケノアチラ”でショーをして、いつもみんなを楽しませていたの。私のパントマイムをみるとみんなが楽しそうに笑うのがうれしかったのに、手袋を片方なくしてしまったのでパントマイムが出来なくなってしまったの。』

トォーモは目の赤いカエルを見るのが初めてでしたので少しびっくりしましたが、その目に光るのが涙だとわかると、なんとか力づけてあげたくなりました。
『私はにがおえがえるのトォーモ、私の似顔絵を見るとみんなが楽しそうに笑うのよ。もしもこのペンをなくしてしまったらどんなにさみしいことになるかしら。ここには手袋はないけれど、どうぞこのベットで休んで、暖かいスープを飲んでいってちょうだいね。』

『ありがとう、トォーモ。私はずいぶんと長い間池の中を探していたの。息が苦しくなって来たけれど手袋が見つかるまではどんなに長い時間でも息継ぎをしないで探し続けるつもりでいたのよ。そうしたらなくした手袋と同じ黒い影が動いて見えたので思わず飛び出したのよ。あなたの黒い目だったのね。』

『そうだったの、でもどうぞ気をおとさないでね。亡くなった私のおばあちゃんガエルが言っていたわ。_なくしてしまったものをあまりに長い時間探すことは、なくしてしまった悲しさよりもうんと悲しいことね_って。そうして私にそっと言ったのよ。特別の呪文を教えてあげよう。困ったことがあったら唱えてごらんって。』
*カエルカエルアタエレバカエルチ二カエルテン二カエルワレ二カエル*

『ねえデビー、ゆっくりと休んだらお家にカエルといいわ。そんなに長い間探していたらみんなが心配しているもの。そして困ったことがあったら思い出してねこの呪文』
*カエルカエルアタエレバカエルチ二カエルテン二カエルワレ二カエル*